
エリカ・クラウス『だれか、わたしを助けて(原題:Save Me, Stranger)』には2004年から2024年にわたって発表された短編が12作収められている。
季節が冬の話だけでなく、春や夏の話も収録されているにもかかわらず、どの短編からも寒々とした曇り空の印象が離れないのは、何も地球でいちばん寒いといわれる街・シベリアのオイミャコンを舞台にした作品「極寒の街」が冒頭を飾っているから、という理由だけではない。
安楽死を請け負う末期がん患者の復員軍人たち。ブラックな労働環境に苦しむ東京の会社員。急に預言者として目覚め、暴力を振るうようになってしまった夫からの逃走。コンビニに立ち寄った母娘は運悪く強盗に出くわしてしまう。そして、生き延びてしまったホロコースト。
語られるできごとはけっして陽気とはいえない。貧しく、ろくな仕事にもありつけず、猥雑で劣悪な環境で日々を送る人も多く登場する。
にもかかわらず、エリカ・クラウスの文章――を日本語に移し替えた古屋美登里による訳文――には、不思議と清潔感が漂う。12の短編はすべて一人称で書かれていて、語り手の年頃もバラバラだ。なるほど、どの人物もクソみたいな現実に押しつぶされそうになっている。でも、侵されてはいない。収録されたどの作品もディテールが豊かなのは、語り手たちが皆、厳しい現実にあっても外界を拒まずにいてくれているおかげでもある。
いや、“公平で冷静なレビュー” (といったものが実在するとして)の雰囲気を壊す危険を承知でいうと、個人的にはもう少し乾いているほうが好みではある。時おり挟まれるユーモアのセンスも、「ちょっとアメリカ すぎやしないかな」と思わなくもない。クラウスはアメリカ人だから別になにも悪くないのだが。
厳しい現実を描くにあたって筆致まで重たくしない――そのような選択こそが、おそらくクラウスの小説家としての基本的な態度を決定づけているのだろう。それは本書のエピグラフに掲げられたアナイス・ニンの言葉からも察せられる。クラウスにとって物語とは、人を苦しみから救うものであるべきなのだ。追い立てられ、決断を迫られてしまった人間を、この作者は突き放したりはしない。ユーモアそれ自体、現実に抵抗するための手立ての一つだろう。
しかし、それでもわたしたちは間違った道を選んでしまう生き物だ。いつだって誇り高くいられるわけではない。当然、エリカ・クラウスもそのことを理解しているのだろう。本作品集でとびきり重い余韻を残す「ユダヤ人」を読めば、きっとそれがわかるはずだ。
下した決断を後悔する日が来ないだろうか。冒頭に収められた「極寒の街」を読んだときから、折りに触れて、その心配は頭に浮かんだ(そしてそのとき、ほんの束の間とはいえ、わたしはこれが小説だということを忘れていたのではなかったか)。
きっと来るだろう。往々にして人生はそういうものだから。
しかし、それでも。本作品集の末尾には「心臓と大血管の損傷」という短編が収められている。これを読めば、エリカ・クラウスは人の弱さや現実の辛さを見つめるけれど、それらをいたずらに強調したりしない小説家だということが、きっとわかるはずだ。


