秋山瑞人『鉄コミュニケイション(2)チェスゲーム』表紙画像
出版社:株式会社KADOKAWA, 原作・イラスト:たくま朋正, 原作:かとうひでお

はじめに

 ストーリー原案・かとうひでお、漫画・たくま朋正を原作とした秋山瑞人の手による小説版『鉄コミュニケイション』、その第2巻「チェスゲーム」のなかで、主人公であるハルカたちが発電風車の整備という名目のもと、キャンプをするために、街から東にみえる丘へと移動するくだりがあります。
 Kindle版1の表示に準じるのであればたった2ページほどしかない場面ですが、ここは秋山瑞人が用いた小説技巧を存分に味わえる大事な箇所だと思います。

行軍記録――どうして?

 移動に使用する車両は、イーヴァのオンボロトラックと装甲トレーラーの計二台。イーヴァと一緒の車に乗りたいと思うような思わないようなでドキドキ状態のハルカであったが、トラックにイーヴァとリーブス、トレーラーにハルカとスパイクとトリガーという、無難ながらも面白味のない組み合わせに決まってしまう。ルークはトレーラーのコンテナの上を希望した。
 午前九時十七分、出発す。 2

 出発=アクションの開始というタイミングで、作者である秋山は行軍記録のパロディを導入します。もともとこの計画は、ハルカによって “キャンプに行こう「作戦」” と呼ばれていたのでした。

クレリックさんやリーブスさんにも相談してみました。もう三日も延期になってる「キャンプに行こう」作戦は、リーブスさんの発案です。3

 このキャンプの真の目的は発電風車の整備ではなく、とあるできごとをきっかけにぎこちなくなっているハルカとイーヴァの関係修復にあります。だから “作戦” なのですね。もしかしたらその逆で、作戦という言葉が行軍記録というアイディアを連れてきてくれたのかもしれませんが、ともかく “作戦” という言葉が、行軍記録のパロディをやるための軽い布石としても機能してくれている。

 それにしても、なぜ作者はこのタイミングで、語りに行軍記録めいた文章を混ぜ始めたのでしょうか。もう少し正確にいうなら、「どうしてここで語りのモードを切り替えても大丈夫だ」と判断したのでしょうか。これは考え甲斐のありそうなトピックに思えます。
 
 たしかに街から丘への「移動」は、時間の経過をともなうアクションです。しかし、たんに時間の経過を示したいだけであれば、具体的な時刻を挿入する必要はありません。景色の移り変わりを描写すればいい。実際、(あとで詳しく見ていきますが)風景描写の展開による時間経過も、ぬかりなく作者は行っています。語りの雰囲気を壊しかねない危険を犯してまでパロディをはさむ必要性は薄いように思われます。

「大丈夫」にはそれ相応の確信が必要なはずです。なぜ書くのか。なにを書くのか。どうやって書くのか、その「どうやって」は意図したとおりの効果をあげられているのか。これらは複雑に絡み合っているので解きほぐすのが難しいですが、それでもこういうことを考えるのも小説を読む楽しみのひとつだと思います。やったりましょう。

なぜ書くのか

 ここはそれほど難しい問題ではないです。
 パロディの妥当性うんぬん以前に、そもそも仲直りのためのキャンプであれば、メインイベントの舞台である丘までの移動を完全に省略して、いきなり到着したあとに場面転換してしまっていいのではないか――そのような疑問が的外れであることは、作品を最後まで読んだ読者には自明でしょう。発電風車への旅路は小説の終盤でもう一度反復されるからです。作者としてはこの移動の場面はぜひとも描いておきたかったはずです。
 
 もちろん小説は初めから終わりまで直線的に書かれるわけではないので、あとからさかのぼってこの移動シーンを付け足した可能性もあります。

何を書くのか

 小説終盤でもう一度くり返される丘への移動。それをハルカは誰かの力を借りるのではなく、ひとりきりでやりとげます。4

 ハルカの成長を際立たせようとするなら、ロボットたちに全面的に助けられ、街の東5に発電風車の丘へと運ばれるだけの彼女の姿を書いておくのがいい。これはかなり素直な発想です。
 そして作者がそのように考えたとき、物語の舞台である文明崩壊後の世界で悪路を長距離移動していくイメージが、「車酔い」というアイディアへ実を結ぶのはごく自然なことに思われます。そして車といえば、前巻である「ハルカとイーヴァ」からたびたび取り上げられているのでした。

 トラックを運転するイーヴァはかっこよかった。
 わたしも練習すれば運転できるようになるかなあって聞いたら、こんなの慣れちゃえば歩くのと変わらないよっていう返事だった。後で運転を教えてもらう約束もした。楽しみ。6

 そしてまたこの車酔いは、発電風車の丘への移動という道行きのうちに、小説版『鉄コミュニケイション』の全編にわたって行われる「ロボットになりたい人間と、人間になりたいロボット」というテーマを、じつに無理なく導き入れたはずです。
 みんなとちがってロボットではないこと。ナマの身体を持ち、体調不良によって自分のものであるそれを思いどおりには扱えなくなってしまうこと。思い出しましょう、第1巻でハルカがイーヴァに運転を教わる際、うまくクラッチを扱えなかったのは、最初に踏んでおいたクラッチをあげたら車が走り出すという機械的な仕組みが「生理的にどうしても納得できなかった」7からです。終末世界でロボットに囲まれながら日々を暮らすハルカにとって、ひとり人間であることは切迫した問題なのです。

「ロボットって、きれいだもん。わたしから、みっ、見たら、汚いところなんか、どこっ、どこにもないもん。わたしなんか人間だから、生き物殺して食べっ、ちゃうし、トイレも行かなくちゃいけないし、夜はねっ、ねなっ、寝なくちゃいけないなまっ、なまけ者だし、滑って転べば血が出るし、ちっともいうこときかないし、ちょっとの、ことですっ、すぐへそ曲げて、怒ったりするし」8

 ところでここで少し行軍記録に話をもどすと、その形式の特徴はなんといっても時刻が記されていることです。
 ハルカたちが街を出発したのは午前9時17分。キャンプ地についたのは午後4時39分。休憩をはさんでいるとはいえ、7時間22分かけてのろのろと悪路を進んだことになります。
 こうしてはっきり数字で示されると、おそらく読者によっては似たような経験をした過去の記憶や身体感覚がよみがえるのではないでしょうか。かりにそうでなかったとしても、車酔いに苦しむハルカのつらさは理解できるでしょう。時刻が書かれていることが読者の感情移入を助けてくれる効果はあると思います。

 そしてハルカと対照的に、長時間のドライブを経てもいつもと変わらない様子でいるロボットたちにも意識が向くかもしれません。ハルカが “嘔吐” するのに対し、イーヴァは自分のトラックに “給油” をしています。ここで人間とロボットの違いを描くことも、ねらいのひとつであるのは間違いないと思います。


 しかしこうして「ロボットになりたい人間と、人間になりたいロボット」とまとめてしまうと、どうしても二者間の差のみに焦点をあたってしまいかねません。最後まで読んだ読者であれば、小説版『鉄コミュニケイション』がそんな結論を提示して終わる作品ではないことを承知しているはずです(そもそもこの作品に出てくるロボットはかなり感情が豊かで人間くさい)。
 たとえば、さきほどあげた “給油”。このイーヴァによる給油を、スパイクとリーブスが手伝っている事実は見逃せません。さらに、このオンボロトラックをイーヴァが大切にしていることも思い出しましょう。
 機械(トラック)のメンテナンスをロボット(イーヴァ)が行い、それをさらにロボット(スパイクとリーブス)が手伝うという構図は、人間であるハルカをロボットたちが助けるさまと似通っています。意識的にしろそうでないにしろ、この丘への小旅行を人間とロボットの違いを強調させるため “だけ” に利用しようと考えていたのなら、こういった一文は書かれ得ないのではないでしょうか。

 クレリックをはじめとしたロボットたちがハルカを助けるのは、なにもクレリックたちがロボットで、ハルカが人間だからではありません。それは助ける対象がロボットであるイーヴァであっても同様なのですから。イーヴァの “救出” をめぐってかわされるハルカとクレリックの会話を読めば、おそらくそれ以上の説明はいらないでしょう。


 人とロボットの共通項。それがもっともよく表現されているのは、発電風車にいよいよ近づいたときでしょう。イーヴァはハルカとともに、暗く物思いに沈んでいたことも忘れて窓からその身を乗り出すのです。

荒野をひたすら東進。行く手の遥か彼方に横たわる発電風車の丘の緑。未明まで降り続いた雨のため、ハイウエイの路面は泥におおわれていた。2

 

午後三時三十九分、ハイウエイを降りる。周囲に緑が目立つようになる。丘のふもとは近い。9

 

午後四時十九分。イーヴァのオンボロトラックの速度に合わせて、曲がりくねった道を登る。周囲は緑。夏の空を背景に林立する巨大な発電風車が、ついに視界におさまらなくなる。ハルカばかりか、イーヴァまでもが窓から身を乗り出して歓声を上げた。9

 ここの演出は本当にいいですね。この作品のなかでも指折りに美しい。さらっと書いているように見えますが、「ついに視界におさまらなくなる」のすばらしさといったら! 副詞の使いどころも的確だし、「風車を見上げる」とかじゃないのがさぁ……いいよね。時間をかけて近づいていった移動の実感が端的に表現されている。そのうえ、出発時の荒野や泥の土色と、到着時の森の緑と夏空のコントラストまでなんなく活かしきっています。
 
 このくだりはかなり映像的です。アニメなんかで、BGMが前に出てダイジェスト的に時間が処理される演出がありますが、それに近い効果を生んでいます。

どう書くのか

 行軍記録の特徴は時刻が記されていることだ、とわたしは書きました。そしてこの形式は同時に、できごとの要約や省略を含んだ進行、さらには場面のスピーディーな転換を小説に許します。時刻+要約の基本形式を採用することによって語りのテンポをあげ、ダイジェスト的な演出を実現しているんですね。

 移動シーンをたんなる場面のつなぎにはしない。そのために書くべきこと決める。だからといって移動している様子を長々と書き留めるわけにはいかない。情報は圧縮しつつ、時間の経過も示したい。そうした諸々の要請が組み合わさって行軍記録という形式に行き着いたのではないでしょうか。


 わたしのようにたった2ページにネチネチと粘着している輩はともかく、おそらく読者としては、なんのエクスキューズもなくダイジェスト的な時間処理がなされてもあまり気にならないかもしれません。小説……というか文章一般にはどうしても、並べると縫い目なくくっついているかのように擬態する性質がある。「は? 別になにもおかしくないですが?」という顔をしてくる。
 しかし、こういった時間の経過や場面転換処理って書く側に立つと(またはその立場になりきって小説を読んでみると)ものすごく気になるんですよね。下手にやっているとちょっとカッコ悪くみえる。表地はそれなりの出来にみえても、めくってみれば裏地は糸がガタガタみたいな。
 小説でどう時間を書くのか。どうやって場面転換を行うのか。こういった地味な問題をどうやって解決するのかによって小説家の地力は問われる、とわたしは考えています。

 秋山の場合、これまで見てきたような複合的な理由によって行軍記録のパロディを取り入れようと考えたのだと思います……というのはわたしの想像にすぎないわけですが、作者なりに、この場面をなぜ書くのか・なにを書くのか・どうやって書くのかという問いにたいする答えは必要だったはずです。
 その答えははっきりとした理屈のかたちをとっていなかったのかもしれません。たんに「おれならやれるぜ」という自信が作者にみなぎっていて、すべては感覚的に行われた可能性だってあります。じじつ、ここまで理屈をこねくり回してきたわたしの感覚としても、この2ページが成立しているのは秋山の文体10があってこそだ、と思っています。

 ここに、小説を要素還元的に読むことの難しさと不毛さ、そして意義があります。困難かつ無駄だからといって、すなわちやらなくてよい、ということにはならないはずです。

おわりに

 そもそもなんでこんなエントリを書こうと思ったのかを記しておきます。
 最初に『チェスゲーム』読んでこの2ページに差しかかったときには、正直あまりいい印象ではありませんでした。「なんで急に行軍記録みたいになったの?」という疑問に耐えられるような、強度をもった記述だとは思えなかったからです。なんてえらそうな感想なんだ。
 まあでも小説ってそういうものか、秋山作品の語り手ってけっこう自由にふるまうもんな……と読み進めました。そういう箇所って、たいていは忘れるか気になっていてもそのままにしてしまいがちです。
 ただな、なんかな、そういう読み方って自堕落なのではないかと思うてな……オタクの深読みと誹られようと、小説を読むことや小説を書くことを舐めてはいけないと思うのじゃよね……。
 だってそれは他人を侮ることにつながるでしょう? まあ他人を理解できると思いこむこともそれは侮りなのだけれども……だけれどもねえ!
 というわけで秋山瑞人の文体そのものの話はいつかやれたらやります。理解したと思いこめたそのときに……。

鉄コミュニケイション(2)チェスゲーム (電撃文庫) イーヴァとの仲直りのためにキャンプに向かったハルカたち。その帰り道、最強の敵ナイトとビショップが現れた!人気コミックのノベライズ、感動の完結編!

  1. ストーリー原案: かとうひでお, 漫画: たくま朋正, 秋山瑞人『鉄コミュニケイション(2)チェスゲーム』, 株式会社KADOKAWA, 2023, Kindle版. ↩︎

  2. 前掲書 p.36 ↩︎ ↩︎

  3. 前掲書 p.15 ↩︎

  4. ひとりきりとはいえ、ハルカは電動バイクで発電風車に向かうわけですが、ここで安易にハルカに車の運転をできるようにさせないどころか、無謀にも挑戦させないあたりが秋山瑞人という小説家のリアリスティックな部分だと思います。 ↩︎

  5. この位置関係はとうぜん作者によって企まれたものです。ルークとイーヴァが西を目指した結果としてハルカたちのいる街にたどり着いたことを思い出しましょう。だからこそ、未練を断ち切ってイーヴァがひとり立ちしようとしたそのときに向かおうとするのは東であり、それは同時に発電風車のある方角でもあるのです。 ↩︎

  6. ストーリー原案: かとうひでお, 漫画: たくま朋正, 秋山瑞人『鉄コミュニケイション(1)ハルカとイーヴァ』p.134, 株式会社KADOKAWA, 2023, Kindle版. ↩︎

  7. 前掲書 p.145 ↩︎

  8. ストーリー原案: かとうひでお, 漫画: たくま朋正, 秋山瑞人『鉄コミュニケイション(2)チェスゲーム』, p.263, 株式会社KADOKAWA, 2023, Kindle版. ↩︎

  9. ストーリー原案: かとうひでお, 漫画: たくま朋正, 秋山瑞人『鉄コミュニケイション(2)チェスゲーム』, p.37, 株式会社KADOKAWA, 2023, Kindle版. ↩︎ ↩︎

  10. 小説にまつわる理屈で説明できないことがらをすべて引き受けてくれる魔法のコトバ。 ↩︎