
前書き
2026/05/04に文学フリマ東京にて頒布された、「吸血鬼」をテーマに4人の作者によって書き下ろした短編を収録した文芸同人誌。2026/09/11現在Boothで購入可能です。
全体についての総括は最後に回すとして、個人的に少し意外だったのは、記憶や記録にまつわる話が多くなっていたことでしょうか。もちろんそのあたり吸血鬼の不老不死性からきているわけですが……もしかしたら小説という媒体がそうさせたのかもしれないですね。
以下は各編の感想です。敬称は略しています。
各編の感想
坂永雄一「Catalogus Marginum」
ウィーン在であった文献学者であるラザルス・ペルガメントなる人物によって1938年したためられた草稿……という体裁をとった小説。
タイトルのCatalogusから察せられるように、ペルガメントが蒐集した古今の文書――たとえば紀元前後に存在していたという虚無宗派による説教録や、『千夜一夜物語』の異本やら(といった架空の文献)のなかから、 “ある点” に着目したものが集められ並べられています。
その “ある点” こそが本アンソロジーのテーマである「吸血鬼」の存在……なのですが、その記述がなぜかどれもいまいち判然としません。滲んだり中途で欠落したりしている。どうやらこの世界の吸血鬼は、人の手による記述を拒むような性質を持っているらしい。
前書きにも書いたように「吸血鬼設定をどう扱うのか」が腕の見せどころなわけですが、本作では吸血鬼をある別の生物と結びつけます。そこがシンプルに巧い。
ネタバレするのもなんなのでぼんやりとした言い方になってしまうのですが……1つだけじゃなくて複数のアナロジーでつないでいて、そのうえちょっと意外性もある。
なにより吸血鬼がちゃんと不気味に描かれているのもよいですね。
尾雛茉那「ツヴィンガーの幽霊」
第二次世界大戦末期のドレスデン。戦禍に備えてドイツ軍の兵士たちが、ザクセン選帝侯時代に集められた貴重な美術品を坑道へと移動させているところから物語は始まります。
あくまでわたしの勝手な読解なのですが、たぶんこの小説の中心にあるのは「戦争」なのだと思います。1756年から始まった七年戦争、ナポレオン侵攻による1813年のドレスデンの戦い、そして1945年のドレスデン爆撃。三度の戦禍に見舞われながら復興するドレスデンの街そのものが、おそらく「吸血鬼」の不死性と重ね合わされている。
では、この諸説に吸血鬼そのものは出てこないのか? いえ、ちゃんと出てきます。そして、これもまたきっと戦争というテーマとの関わりなのです。
誰からも顧みられることなく忘れ去られたまま終わるはずの存在が、歴史の片隅にたしかに記録されること。1美術品が重要なモチーフとして出てくるのも、短編の最後の一文に「忘れる」という言葉が出てくるのも、やはり破壊と記憶が問題だからなのではないでしょうか。
茂木英世「ビーバップ・ヴァンプ」
紀元前から存在していたらしい吸血鬼の出自を、ノアの方舟に見捨てられた男と、謎めいた一基の棺との邂逅から描き出した――
かと思うと、次の章では吸血鬼が宇宙に飛び出してるわ、巨大怪獣(厳密には怪獣ではないらしいけど)とのバトルが始まるわ、巨大ロボットが出てくるわ、百合が始まるわ……とにかく作者が好きなものを詰め込んだであろうことがうかがえる短編です(もしかして、だから「ビーバップ」?)。
こういうノリの短編って読者が作者のイメージを共有できるか、もっと簡単にいえばいっしょになって盛りあがれるかが大事だと思うのですが、その点、本作では「宇宙空間を進む棺桶」のケレン味や「星命体」まわりの設定の魅力が小説を支えているなと思いました。たとえば28ページのこことか。
吸血鬼は血を吸う。血は鉄の味がする。恒星は鉄に至って終わり、拡散したそれは新しい星に引き継がれていく。ならば血を流す生命は、みな星を宿しているようなものだ。2
こういうポエジーが感じられる飛躍があると読者としてはうれしい。
呉衣悠介「認知症の吸血鬼」
吸血鬼と人間が(おそらく)共存している世界で、認知症に陥った吸血鬼を処理する警備会社――といってもヤクザかギャングくずれみたいな描写のされ方(“根性焼き” のアイディアのすばらしさ!)なのだけど、とにかくそのロクヨン警備に勤める吸血鬼の「おれ」による一人称小説。本アンソロジーではゆいいつ日本が舞台になっています。
あんたたちには知りようもないことだが、ハイブから出る方法はない。3
という印象的なリフレインをはじめとした文体の魅力はもちろん、シチュエーションの設定も気が利いています。人の退去したショッピングモールのキッズコーナーでの銃撃に、それから……まあ読んでほしいのでこれ以上は言いませんが。
プロ・アマ問わず、小説って「場」にたいする意識があまり高くないような気がしていて4、だからこそこういう小説を読むとうれしくなりますね。たんじゅんに読んでいて楽しいって立派なことだ。
映像作品への言及や引用もいくつか見られるのですが、個人的にいちばん「おっ」と思わされたのはリミナルスペースに関してのものでしょうか。
この概念って今のところ若い世代を中心に人気みたいなんですけど、その実ものすごく認知症的なイメージなのではないかなと(気づくの遅すぎるか?)。なつかしさ、不気味さ、違和感、見慣れないのに襲ってくる既視感、出口のない閉塞感。
結び
おもしろかった~。
こうしたアンソロジーの良いところは決まったお題にたいするアプローチの違いが楽しみなわけですが、その欲望を満たしてくれる4作でした。各編それぞれ文体もばらけていて、よい短編集になっていると思います。
FUN-GUS Vol.2 - クラゲノキ - BOOTH
テーマは"吸血鬼"。 過去現在未来の夜の王が舞う小説4作を収録。A5版60ページ800円。

